ベートーヴェン:交響曲 第9番 ニ短調 作品125

指揮:アルトゥーロ・トスカニーニ Arturo Toscanini
NBC交響楽団 NBC Symphony Orchestra
3 April 1948 at NBC Studio, New York City

第4楽章(歓喜の歌)

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの交響曲第9番 ニ短調作品125(ドイツ語: Sinfonie Nr. 9 d-moll op. 125)は、ベートーヴェンの9番目にして最後の交響曲である(第10番もあるが未完成)。副題として「合唱付き」が付されることも多い。また日本では親しみを込めて「第九」(だいく)とも呼ばれる。第4楽章は独唱および合唱を伴って演奏され、歌詞にはシラーの詩『歓喜に寄す』が用いられる。第4楽章の主題は『歓喜の歌』としても親しまれている。古典派の以前のあらゆる音楽の集大成ともいえるような総合性を備えると同時に、来るべきロマン派音楽の時代の道しるべとなった記念碑的な大作である。
第4楽章の「歓喜」の主題は欧州評議会において「欧州の歌」としてヨーロッパ全体を称える歌として採択されているほか、欧州連合においても連合における統一性を象徴するものとして採択されている。このほか、コソボ共和国の暫定国歌として制定、ローデシアの国歌[1]としても制定されていた。ベルリン国立図書館所蔵の自筆譜資料は2001年にユネスコの『世界の記憶』(『世界記録遺産』)リストに登録された。

元来、交響曲とはソナタの形式で書かれた器楽のための楽曲で、第1楽章がソナタ、第2楽章が緩徐楽章、第3楽章がメヌエット、第4楽章がソナタやロンドという4楽章制の形式が一般的であった。ベートーヴェンは交響曲の第3楽章にスケルツォを導入したり、交響曲第6番では5楽章制・擬似音による風景描写を試みたが、交響曲第9番では第2楽章をスケルツォとする代わりに第3楽章に瞑想的で宗教的精神性をもった緩徐楽章を置き、最後の第4楽章に4人の独唱と混声合唱を導入した。ゆえに「合唱付き」(Choral)と呼ばれることもあるが、ドイツ語圏では副題は付けず、単に「交響曲第9番」とされることが多い。第4楽章の旋律は有名な「歓喜の歌(喜びの歌)」で、フリードリヒ・フォン・シラーの詩『歓喜に寄す』から3分の1程度を抜粋し、一部ベートーヴェンが編集した上で曲をつけたものである。交響曲に声楽が使用されたのはこの曲が必ずしも初めてではなく、ペーター・フォン・ヴィンターによる『戦争交響曲』などの前例があるものの、真に効果的に使用されたのは初めてである。
なお、ベートーヴェン以降も声楽付き交響曲は珍しい存在であり続けた。ベルリオーズやメンデルスゾーン、リストなどが交響曲で声楽を使用しているが、声楽付き交響曲が一般的になるのは第九から70年後、マーラーの『復活交響曲』が作曲された頃からであった。
まぎれもなくこの交響曲は、ベートーヴェンの傑作の一つである。大規模な編成や1時間を超える長大な演奏時間、それまでの交響曲でほとんど使用されなかった、ティンパニ以外の打楽器(シンバルやトライアングルなど)の使用、ドイツ・ロマン派の萌芽を思わせる瞑想的で長大な緩徐楽章(第3楽章)の存在、そして独唱や混声合唱の導入など、彼自身のものも含むそれ以前の交響曲の常識を打ち破った大胆な要素を多く持ち、シューベルトやブラームス、ブルックナー、マーラー、ショスタコーヴィチなど、後の交響曲作曲家たちに多大な影響を与えた。また、ベートーヴェンの型破りな精神を受け継いだワーグナーやリストは、交響曲という殻そのものを破り捨て全く新しいジャンルを開拓した。このように、交響曲作曲家以外へ与えた影響も大きい。
日本では、年末になると各地で第九のコンサートが開かれる。近年では、単に演奏を聴くだけではなく、実際に合唱を行う、参加型のコンサートも増えつつある。日本での圧倒的な人気の一方で、ヨーロッパにおいては、オーケストラに加え独唱者と合唱団を必要とするこの曲の演奏回数は必ずしも多くない。

交響曲第9番 (ベートーヴェン)

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