リヒャルト・シュトラウス: 交響詩「死と変容」作品24 Tod und Verklärung (抜粋)

指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン Herbert von Karajan
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 Berliner Philharmoniker
Concert on Totensonntag 1984 at the Berlin Philharmonie

『死と変容』(しとへんよう、ドイツ語: Tod und Verklarung 英語:Death And Transfiguration)作品24は、リヒャルト・シュトラウスが作曲した3作目の交響詩。『死と浄化』とも訳される。

作曲家、指揮者として注目され始めていた頃の1888年にミュンヘンで作曲を開始し、1889年11月18日にヴァイマルで完成した。初演は翌年の1890年6月21日にアイゼナハ音楽祭に於いて、シュトラウス自身の指揮により行われた。

シュトラウスは生来病身で、20歳を過ぎた頃には重病を患い、たびたび死の危機に直面したこともあった。この交響詩はシュトラウス当時の心境を音化したものであるといわれており、交響詩が作曲された時点では標題は持っていなかったが、完成後にこの交響詩に感激した詩人で旧知のアレクサンダー・リッターに作品の内容を伝えてそれを詩にすることを依頼した。完成された詩は詩人の名を伏せて総譜の冒頭に掲げられることとなった。

詩の大要は以下の通り。
小さな貧しい部屋の中で、病人は死との戦いに疲れ果て眠っている。柱時計が不気味に時を刻み、死が近いことを予感させる。病人は子供のとき夢を見るかのように力なくほほえむ。死は容赦なく襲いかかり、病人を揺り起こし、再び恐ろしい戦いが始まる。しかしこの戦いの勝利は決せられず、静寂が来る。病人は彼の生涯のことを順を追って思い起こす。無邪気な幼い頃の日々。力の鍛錬に終始する少年時代。自己の理想を実現するための闘争。心から憧れた全てのものを彼は死の床にもまた求め続ける。ついに死は最後の宣告を下し、死の一撃が響き、肉体を引き裂く。しかし死の恐怖は安らぎへと変わり、天界から彼の求めた世界の浄化(変容)が美しい余韻と共に響いて閉じられる。

1949年9月8日、シュトラウスは満85歳で世を去った。彼の妻子によれば、この48時間前にシュトラウスはいったん昏睡状態から意識を回復し、こう語ったという。
「 私が『死と変容』のなかで作曲したことは全て正確だったと、今こそ言うことができる。私は今しがたそれを文字通り体験してきたのだよ。 」

ハ短調→ハ長調、序奏のあるソナタ形式を基本として作曲されている。演奏時間は約24分。
ゆるやかな葬送行進曲風のラルゴで開始される。弱音器をつけた弦による序奏が暗い病室に横たわる瀕死の病人を描き出す。ティンパニの弱奏が病人の心臓の鼓動を表す。つづいて木管の明るいメロディーが表れ、独奏ヴァイオリンも加わって病人の幸せだった日々が回想される。

突如、ティンパニの一撃でテンポがアレグロ・モルト・エ・アジタートに変わり、生と死の壮絶な戦いが始まる。襲い来る死の恐怖が低弦で、病人の生きようとする強い意志がヴァイオリンの激しいメロディーで表現される。

生と死の戦いが最高潮に達したところで、いったんテンポが緩やかになる。序奏部でも表れた回想のテーマで、再び病人の幼少の日々、青春の日々が回想される。その折にも死のテーマが回帰し、生と死の戦いが続く。その最中に突如として新しいテーマが金管の強奏で表れるが、これが変容(浄化)のテーマで、死による変容が暗示される。

やがてテンポが緩やかになり序奏のテーマが戻ってくる。そして生と死の最後の戦いが始まるが、タムタムの弱音で病人が命を終えたことが表される。変容のテーマが静かに表れ、次第に音量を増して病人が来世で変容を遂げたことが表され、曲が終わる。

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