マーラー:連作歌曲「亡き子をしのぶ歌」 "Kindertotenlieder"

指揮: ブルーノ・ワルター Bruno Walter
ウィーンフィルハーモニー管弦楽団 Wiener Philharmoniker
コントラルト: カスリーン・フェリアー Kathleen Ferrier London, 4. Oct. 1949

  

第1曲 「いま晴れやかに陽が昇る」
    "Nun will die Sonn' so hell aufgeh'n."
第2曲 「なぜそんなに暗い眼差しだったのか、今にしてよくわかる」
    "Nun seh' ich wohl, warum so dunkle Flammen."
第3曲 「きみのお母さんが戸口から入ってくるとき」
    "Wenn dein Mutterlein."
第4曲 「いつも思う。子供たちはちょっと出かけただけなのだと」
    "Oft denk' ich, sie sind nur ausgegangen."
第5曲 「こんな嵐のときに」  "In diesem Wetter!"

『亡き子をしのぶ歌』 (Kindertotenlieder) はグスタフ・マーラーが作曲した声楽とオーケストラのための連作歌曲である。『子供の死の歌』とも訳される。歌詞はフリードリヒ・リュッケルトの同名の詩による。原詩はリュッケルトの作った425篇から成る詩集であり、彼の子供のうち2人が16日の内に相次いで死ぬという悲しい出来事のあった後、1833年から1834年までの間に書かれた。マーラーは425篇から5篇を選び、1901年から1904年にかけて作曲した。
歌はマーラーの後期ロマン派的な作風によって書かれており、曲が表現する雰囲気と印象は、それらのタイトルによってよく示されている。終曲は長調で終わり超越した雰囲気がある。曲集の痛ましさは、彼がこの曲集を書いた4年後に、マーラーがまさに娘マリアを猩紅熱によって4歳で失ったという事実によって増大させられる。彼はグイド・アドラーに書いた手紙の中でこう語っている。「私は自身を、私の子供が死んだと想定して書いたのだ。もし私が本当に私の娘を失ったあとであったなら、私はこれらの歌を書けたはずがない」。
フリードリヒ・ワイデマンの独唱、作曲者自身の指揮により、1905年1月29日にウィーンで初演された。

亡き子をしのぶ歌 『ウィキペディア(Wikipedia)』

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