シューベルト:歌曲集「白鳥の歌」"Schwanengesang" D.957

バリトン: トマス・オリーマンス Thomas Oliemans
ピアノ: マルコム・マルティヌー Malcolm Martineau

 
『白鳥の歌』(Schwanengesang)D957/965aは、フランツ・シューベルトによる遺作の歌曲集である。
3人の詩人による14の歌曲からなるが、自身が編んだ『美しき水車小屋の娘』、『冬の旅』とは異なり、『白鳥の歌』は彼の死後に出版社や友人たちがまとめたものであり、歌曲集としての連続性は持っていない。
 
「白鳥の歌」各曲の歌詞対訳・解説
第1曲「愛の使い」(Liebesbotschaft)ト長調、4分の4拍子
旅をしている若者が、遠く離れた故郷にいる恋人に、「もうすぐ帰るから心配しないで」という一言を、流れる小川に託する、という愛の歌である。曲は小川の流れを模した16分音符の伴奏で始まり、美しいレガートで恋人への想いが歌われる。
第2曲「兵士の予感」(Kriegers Ahnung)ハ短調、4分の3拍子
「兵士の憩い」と訳されることもあるが、“Ahnung”は「予感」の意である。故郷から遠く離れた戦場にある兵士が、故郷の恋人を思う歌である。
第3曲「春の憧れ」(Fruhlingssehnsucht)ト長調、4分の2拍子
心を騒がす春に対する憧れを歌った歌曲。
第4曲「セレナーデ」(Standchen)ニ短調、4分の3拍子
シューベルトの歌曲の中で最も有名なものの一つ。恋人に対する切々たる思いを、マンドリンを模した伴奏の上に歌いあげる。
第5曲「住処」(Aufenthalt)ホ短調、4分の2拍子
“Aufenthalt”という題はドイツ語のhalt(止まる)からきた言葉で、「滞在地」という意味である。よく「わが宿」、「仮の宿」という訳題が与えられている。流れる河、ざわめく森、寂しい野こそが私の居るべき場所である、というさすらい人の厳しい心情を歌った曲である。
第6曲「遠国にて」(In der Ferne)
第7曲「別れ」(Abschied)
ハイネの詩による歌曲 すべてハイネの「歌の本」の中にある「帰郷」からとられた詩。これまでのシューベルトの作品にみられなかった大胆な転調、言葉の分解、朗誦性など斬新な作曲技法が目立つ。シューベルト晩年の境地。
第8曲「アトラス」(Der Atlas)ト短調、4分の3拍子
畑中良輔は、全音楽譜出版社版の「白鳥の歌」の楽譜の解説で、ドイツ・リートがこの曲に至って遠心的な世界を得た、と評している。20世紀の歌曲伴奏者ジェラルド・ムーアは、その著書『歌手と伴奏者』の中で、声質の軽い人は、どんなにこの曲が好きでも(また、歌った後どんなに気分がよくても)、断じて手を出すべきではない、なぜなら、第一声から聴く人に「私は全世界の不幸を背負ったアトラスだ」、と納得させる深さと強さが必要だからである、と述べている。
音楽は右手のトレモロと、左手の一貫して奏される付点音符の力強い伴奏で開始され、そこに全世界の苦悩を負ったアトラスが、朗々と、しかし悲劇的に歌いだす。中間部につながる部分では、かなり斬新なドッペルドミナントの読み換えによる転調が聞かれる。中間部では、「おごった心よ、おまえが限りなく幸福になるか、もしくは限りなく不幸になるかを望んだため、俺は今不幸なのだ」と歌い、冒頭の音楽が戻ってきて、力強く全曲を閉じる。
第9曲「君の肖像」(Ihr Bild)
第10曲「漁師の娘」(Das Fischermadchen)
第11曲「街」(Die Stadt)
第12曲「海辺にて」(Am Meer)
第13曲「影法師」(Der Doppelganger)ロ短調、4分の3拍子
ハイネ歌曲の最後を飾るこの「影法師」は、ジェラルド・ムーアが述べているように(前掲書)、まさにこのハイネ歌曲の、そしてシューベルト晩年の歌曲様式の頂点をなす作品である。言葉の分解と朗誦的な歌唱テンポ、単純な和音だけによる伴奏は、ドイツ芸術歌曲における言葉と音楽との関連性を極限まで追求した究極の形に他ならない。
恋に破れた者が、己の慟哭を映し出す影を、失恋したその場所で見出す、というきわめて自嘲的かつ現代的なハイネの詩に、シューベルトはわずか21小節からなる音楽を付けた。音符は極限まで切り詰められ、歌唱声部は付点のリズムによって極度の緊張感を生み出す。なお、日本では「影法師」の題名が定着しているが、本来は文字通り「ドッペルゲンガー」である。
ザイドルの詩による歌曲
第14曲「鳩の便り」(Die Taubenpost)(D.965A) [47:50] シューベルトの絶筆とされている。愛すべき抒情的な歌曲。

シューベルト:白鳥の歌

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