第4楽章、

ベートーヴェン:交響曲 第6番 作品68「田園」より 第4楽章「雷雨、嵐」& 第5楽章「牧歌 嵐の後の喜ばしい感謝の気持ち」

指揮: カール・ベーム Karl Böhm
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 Wiener Philharmoniker

第6交響曲は、ベートーヴェンの交響曲の中で標題が記された唯一の作品である。ベートーヴェンが自作に標題を付した例は、他に「告別」ピアノソナタ(作品81a)などがあるが、きわめて珍しい。とくにこの第6交響曲は、ベルリオーズやリストの標題音楽の先駆をなすものと見られている。
標題は、初演時に使用されたヴァイオリンのパート譜にベートーヴェン自身の手によって「シンフォニア・パストレッラあるいは田舎での生活の思い出。絵画描写というよりも感情の表出」と記されている。
また、各楽章についても次のような標題が付されている。
Ⅰ「田舎に到着したときの愉快な感情の目覚め」
Ⅱ「小川のほとりの情景」
Ⅲ「田舎の人々の楽しい集い」
Ⅳ「雷雨、嵐」
Ⅴ「牧歌 嵐の後の喜ばしい感謝の気持ち」
これらの標題は楽譜以外にも認められ、1808年12月17日付『ウィーン新聞』に掲載された初演演奏会の予告には「田舎の生活の思い出」という副題が見られる。ベートーヴェンが使用していたスケッチ帳にも同様の記述があり、「性格交響曲(Sinfonia caracteristica) あるいは田舎の生活の思い出」とされ、「シンフォニア・パストレッラ」は音による絵画的描写ではなく感情の表現であることが強調されている。
曲の構成
新しい交響曲形式として5楽章構成が試みられている。この時期のベートーヴェンは楽章構成上の有機的な統一感を追求しており、前作第5番同様の切れ目のない楽章連結を受け継ぎつつ、ここではさらに徹底して、第3楽章以降の3つの楽章が連結されている。 第4楽章の「嵐」は、実質的に第3楽章と第5楽章の間の長い挿入句であり、交響曲全体の中で果たす役割は、ソナタ形式の展開部の機能に似ている。このことは、ベートーヴェンは田園交響曲においてソナタ形式の構成を作品全体に拡張しようとしたともいえる。

第4楽章「雷雨、嵐」Allegro、ヘ短調、4/4拍子
ティンパニ、トロンボーン(2本)、ピッコロが加わる。全曲でもっとも描写的な部分。
第3小節に現れる動機が主要な材料となっているものの、古典的な形式には当てはまらない。 音楽進行がリアルタイムを表現しており、時々刻々と変化する自然の様相が決して時間的に復帰することがないように、音楽形式の一般的構造である開始主部とその再現的な反復という枠組み構造に従っていない。 和声的には、主調の短6度上の変ニ長調から始まり、さまざまな調性領域を通って終楽章の属調であるハ長調に収束する。こうした和声的な不安定さは、相対的に他の楽章の安定性を際だたせている。
まず、低弦が遠雷のようなトレモロを示し、第2ヴァイオリンの慌ただしい走句を経てやがて全合奏の嵐となる。 ここには、この作品で追求された重要な革新的語法が認められる。変ニ長調から変ホ短調、ヘ短調へと転調する中でバス声部は半音階上行するが、これには各調の根音省略体の第1転回形(導音バス)による減七の和音が用いられている。同時にデュナーミクの面でもピアニッシモからフォルティッシモへと変化し、不安と緊張を表すという減七和音の性格が二重の意味によって利用されている。 ヘ短調の確立後、バス声部でチェロは5連符による5度上行、コントラバスは4連音による4度上行が重ねられ、一種のトーンクラスター的な不協和音を生じている。 この両バス声部の軋りに、ティンパニの連打、管楽器の咆哮、ヴァイオリンの走句が激しい風雨や稲妻の閃光を暗示する。
この楽章に用いられているもうひとつの注目すべき語法は、強弱の急転換によるコントラストである。嵐は一時落ち着くかに見えるが、遠くの雷鳴に突然の稲光のようなピアニッシモと強打が交互に現れる発展の中で再び激しくなっていく様子が示される。 嵐の猛威は、ピッコロの燦めき、減七和音を伴った半音階句の上下行によって表出される。ようやく嵐が凪ぐと、オーボエによるハ長調のうららかな旋律が聞かれる。 ここでは、楽章冒頭の変ニ長調の8分音符の音型が4倍に拡大され、2分音符の動きとなって優しく歌われ、雲がとぎれて日の光が差し始める兆しがうかがえる。 そして、フルートの愛らしい上昇音型(第7小節ですでに示されていた音型)となり、アタッカで第5楽章につづく。

第5楽章:第1主題とチェロの経過句「牧歌 嵐の後の喜ばしい感謝の気持ち」Allegretto、ヘ長調、6/8拍子
ロンド形式とソナタ形式の混成によるロンドソナタ形式。 冒頭、クラリネットの素朴な音型にホルンが音程を拡大して応えるが、「ホルン5度」による純粋かつ自然な響きが浄化された感じを高める。 加えて、ヴィオラとチェロによる第1楽章同様の空白5度の保持音を伴っており、牧歌風が強調される。
チェロのピチカートの上に第1ヴァイオリンが前奏に出た音型の転回形に基づく主要主題(第1主題)を示し、第2ヴァイオリン、さらに低弦とホルン、木管へと移っていく。副主題(第2主題)はハ長調で第1ヴァイオリンに示され、第1楽章の第1主題との関連がある。この終止とともに冒頭主題が回帰してくる。
新しい中間主題は変ロ長調、クラリネットとファゴットのオクターヴで現れ、これに第1主題に基づく展開風な経過句がつづく。 やがて第1主題の前奏がフルートに帰ってきて、クラリネットがこれに応えると、再現部となる。第1主題は第2ヴァイオリンに出るが、同時に主要主題に基づく変奏が無窮動風な16分音符のオブリガート対旋律となって、第1ヴァイオリンから第2ヴァイオリン、ヴィオラとチェロへと受け継がれて高揚していく。 第2主題はヘ長調で戻ってくる。ここから変奏的展開となり、大きな高揚を示す。その過程では、クラリネットやファゴットの短いリズム音型に第2楽章の小鳥のさえずりを思い起こさせる音色や響きも出る。
チェロとファゴットに16分音符のオブリガート対旋律が再び出ると、ここから無窮動風な律動が大きなうねりとなって最後のクライマックスを呼び起こす。頂点から急速に音量を落としてピアニッシモで弦楽が主要動機を示し、コーダとなる。最後は弱音器を付けたホルンが楽章冒頭のクラリネットの原主題を回想し、各弦楽が弧を描くようなオブリガート音型を受け渡しながら下行し、全曲を閉じる。

音楽の森 ベートーベン:交響曲 第6番

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