ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第32番 ハ短調 作品111

ピアノ演奏: クラウディオ・アラウ Claudio Arrau 1977

ピアノソナタ第32番 ハ短調 作品111は、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンが1822年に完成した、作曲者最後のピアノソナタ。

ベートーヴェン最後のピアノソナタの作曲は、第30番作品109、第31番 作品110と並行する形で進められた。1819年頃にはスケッチに着手しており、1820年9月20日の書簡ではこの曲の作曲を進めている最中であることが報告されている。その後、浄書開始の日付として譜面に1822年1月13日の日付が書き入れられており、この直後に全曲の完成に至ったと思われる。当時のベートーヴェンは『ミサ・ソレムニス』や交響曲第9番などの大作にも取り組んでおり、これら晩年の作品群は同時に生み出されていったことになる。
他の後期ピアノソナタと同様、この作品もフーガ的要素を含み、非常に高い演奏技術をピアノ奏者に要求する。
演奏時間 第1楽章が約9分、第2楽章が約15分である。

第1楽章 Maestoso - Allegro con brio ed appassionato ハ短調 ソナタ形式
序奏を持ち、フーガ的要素を含む。悲愴ソナタや運命交響曲などベートーヴェンのハ短調で書かれた他の作品と同じく、荒々しく熱情的な楽想を持つ。また、減七の和音を多く含む。第1楽章の冒頭、第1小節全体に広がる減七の和音はその一例である。
第2主題は変イ長調で現れるが、たちまち細かい音の流れに融解していく。
第2主題のもたらす静寂は長くは続かず、第1主題に基づくコデッタに取って代わられると反復記号によって提示部を繰り返す。展開部では第1主題をフーガ風に扱っていくが、規模はさほど大きなものではない。4オクターヴのユニゾンが強烈に譜例2を奏して再現部となり、続いて第2主題はハ長調となって現れる。第2主題がヘ短調となって低音部で繰り返され、結尾句を経るとコーダとなる。コーダは短いながらも、ディミヌエンドしてハ長調で終止し、第2楽章の変奏曲に溶け込むように巧妙に作られている。
第2楽章 Arietta. Adagio molto, semplice e cantabile ハ長調(厳格)変奏曲。
16小節の主題とそれに基づく5つの変奏からなり、転調を伴う短い間奏とコーダを持つ。16分の9拍子の下、譜例4に示される深みのある主題が穏やかに歌われる。
第1変奏では旋律に一定の律動(動機構造の重心)が伴われ、以後、第3変奏にかけてこの律動が漸次細分化される。
第4変奏になると、32分音符の三連音による律動が低音部及び高音部に出現するが、この律動は非常に重要で、その後の楽曲全体を支配する。第4変奏末尾には間奏部が付されている。長いトリルを伴って主題の断片が現れ、一度ハ短調に転ずると最弱音から息の長いクレッシェンドを形成しつつ第5変奏へと接続される。
最終(第5)変奏より、主題が律動の上に出現する。再び姿を現した主題は名残を惜しむかのように、拡大されて歌われていく。
最後は高音域のトリルを伴いながら主題が回顧され、ハ長調の響きの中、楽曲は静寂のうちに幕を閉じる。

ピアノソナタ第32番 (ベートーヴェン)

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