ベートーヴェン:ピアノ協奏曲 第2番 変ロ長調 作品19

指揮 :クラウディオ・アバド Claudio Abbado
アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ国際ピアノフェスティバル管弦楽団 Festival Pianistico Arturo Benedetti Michelangeli Orchestra
ピアノ:マルタ・アルゲリッチ Martha Argerich
Recorded: June, 2000. Teatro Grande, Brescia(ブレシア:イタリア・ロンバルディア州の都市)

ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調 作品19は、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンが1786年から1795年にかけて作曲したピアノ協奏曲。「第2番」とされているが、実際は第1番よりも先に作曲されている。

楽曲の規模や楽器の編成の点では第1番よりも小さく、またハイドンやモーツァルトの影響が強く残っている作品であるが、随所にベートーヴェンの個性と独創性が窺える。

従来は1793年頃から作曲とされていたが、近年になって作曲は1786年頃(あるいは翌年)から着手されたことが判明しており、順列としては、ピアノ協奏曲第0番 変ホ長調(WoO.4)の次に作曲に着手したことになる。また本作には4種類の改訂稿が存在し、これらの改訂稿はそれぞれボンに住んでいた時期(1790年頃,作曲者は当時20歳)から1798年(当時28歳)にかけて施している。

完成は1795年3月になされ、初演は同年の3月29日にウィーンのブルク劇場で催された慈善演奏会にて、ベートーヴェンのピアノ独奏によって行われた[4]。この初演は作曲者にとって初のウィーンでのデビューであった。
カデンツァはベートーヴェン自身により1曲書かれ、81小節ある。これは後援者のルドルフ大公のために1809年頃に書かれたとされる。

ベートーヴェンは本作を4度にわたって改訂を施しているが、本人は書簡において「あまり最良の出来とは言えない」と述べていることから、この作品に自信を持っていなかった[6]。 初稿(1786年から1790年頃まで)初稿はボンで活動していた時期に完成されている。第2稿(1793年)第3稿と同じくウィーンにて施された。本来終楽章として計画されていた変ロ長調のロンド(WoO.6)はこの改訂時に生み出され、同年中に演奏されたが、ベートーヴェンは第3稿の作成の際にこのロンド楽章を除外している(このロンドは死後発見された)。第3稿(1794年及び1795年)第2稿と同じくウィーンにて。前述のロンド楽章を外し、現在知られている形の楽章として作成された。また第1楽章の一部とピアノのパートの変更を施している[1]。第4稿(1798年)決定稿。ベートーヴェンが3回目となるプラハへ旅行していた1798年10月に施された。第4稿の初演は同地で行われている。

全3楽章構成。演奏時間は約28分。
第1楽章 アレグロ・コン・ブリオ(Allegro con brio)変ロ長調、4分の4拍子。協奏風ソナタ形式。
第2楽章 アダージョ(Adagio)変ホ長調、4分の3拍子。変奏曲形式による緩徐楽章。
第3楽章 ロンド.モルト・アレグロ(Rondo, Molto allegro)変ロ長調、8分の6拍子。ロンド形式。

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