J.S.バッハ: 農民カンタータ BWV 212 "Mer han en neue Oberkeet"

ヴァイオリン:Enrique Gomez-Cabrero Fernandez
オランダ・バッハ・アンサンブル Netherlands Bach Ensemble
Olga Zinovieva - soprano | Thilo Dahlmann - bass
This live recording was made on 11 September 2022 in the Janskerk in Utrecht (Netherlands).

『わしらの新しいご領主に』(Mer hahn en neue Oberkeet)BWV212は、ヨハン・ゼバスティアン・バッハが作曲した世俗カンタータの一つ。通称は「農民カンタータ」(Bauernkantate)。現存するバッハの世俗カンタータの中では最後の作品で、1742年8月30日にライプツィヒ近郊のクラインチョハー村で行われた新領主カール・ハインリヒ・フォン・ディースカウの着任祝宴で演奏された。全24曲からなり、当地の方言丸出しの明快なテキスト、民謡や流行歌のリズムやメロディをふんだんに取り込んだ音楽と、親しみやすい作品として人気がある。

第1曲 シンフォニア
第2曲 二重唱「わしらの新しい領主に」(Mer hahn en neue Oberkeet)
第3曲 レチタティーヴォ「なあミーケ、俺にキスしておくれ」(Nu, Mieke, gib dein Guschel immer her)
第4曲 アリア「あら、それは甘すぎて」(Ach, es schmeckt doch gar zu gut)
第5曲 レチタティーヴォ「領主様はよいお方」(Der Herr ist gut)
第6曲 アリア「ああ、税金取りの旦那」(Ach, Herr Schosser)
第7曲 レチタティーヴォ「誰が何と言ったって」(Es bleibt dabei)
第8曲 アリア「われらの素敵な領主様」(Unser trefflicher)
第9曲 レチタティーヴォ「ご領主様は皆を救う」(Er hilft uns allen)
第10曲 アリア「なんと粋なお計らい」(Das ist galant)
第11曲 レチタティーヴォ「そしてその奥方様も」(Und unsre gnadge Frau)
第12曲 アリア「50ターラーの現金を」(Funfzig Taler bares Geld)
第13曲 レチタティーヴォ「ちょっと真面目に聞いておくれ」(Im Ernst ein Wort)
第14曲 アリア「クラインチョハーの村よ」(Klein-Zschocher musse)
第15曲 レチタティーヴォ「それはあんまりお上品」(Das ist zu klug vor dich)
第16曲 アリア「10000ドゥカーテンの」(Es nehme zehntausend Dukaten)
第17曲 レチタティーヴォ「あんまりな下品ぶり」(Das klingt zu liederlich)
第18曲 アリア「くださいな奥方様」(Gib, Schone)
第19曲 レチタティーヴォ「確かにその通り」(Du hast wohl recht)
第20曲 アリア「御身の栄えゆるぎなくあれ」(Dein Wachstum sei feste)
第21曲 レチタティーヴォ「こんなものでもうよかろう」(Und damit sei es auch genung)
第22曲 アリア「それではよいか、皆の衆」(Und dass ihr's wisst)
第23曲 レチタティーヴォ「でかしたな」(Mein Schatz, erraten)
第24曲 合唱「さあ行こう、いつもの酒場」(Wir gehn nun, wo der Tudelsack)

自筆の初演総譜で伝承されている。制作にいたる動機は、作曲者のバッハにではなく台本作者のピカンダーにある。長らくバッハと組んでカンタータを世に送り出してきたピカンダーは、ライプツィヒ周辺を巡回して徴税を行う下級官吏を本業としていた。クラインチョハー村の荘園に領主として着任したディースカウはピカンダーを雇うことになった。そこで上司を讃える一曲を手土産に心象を良くしようともくろんだ…と伝えられている。その詮索を裏付けるように、テキストには露骨なお追従とも取れる台詞が盛り込まれている。

登場するのは地元の男(バス)と女(ソプラノ)のペアのみである。女の名はミーケ(「マリア」の方言)と一度だけ呼ばれるが、男は最後まで名を呼ばれない。曲を彩る楽器は、基本の弦楽器と通奏低音に加え、演奏が困難なホルンと奏者が極端に少ないフルートが含まれている。それだけに、台本の露骨な俗物ぶりに反して、バッハの手抜かりのない仕事ぶりが透けて見える作品でもある。

台本の構成は大きく2つに分けることができる。前半は噂話の形式でディースカウへの讃辞を交わすもの、後半は祝宴で披露する歌選びを通じて様々な音楽を楽しむものである。

この1742年夏を過ぎると、バッハはコレギウム・ムジクムとも疎遠になり始め、世俗音楽の新作は出なくなる。このためにBWV212を原曲とするパロディは発生していない。ただし、第20曲のアリアは、カンタータ201番の通称「フェーブスとパンの争い」(Der Streit zwischen Phobus und Pan)からの転用である。

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