J.S.バッハ:カンタータ 第56番 「我 喜びて十字架を背負わん」"Ich will den Kreuzstab gerne tragen"

指揮:ファビオ・ボニッツォーニ Fabio Bonizzoni
バリトン:マティアス・ヴィンクラー Matthias Winckhler

 
『われは喜びて十字架を負わん』(Ich will den Kreuzstab gerne tragen)BWV56は、バッハが1726年10月27日の三位一体節後第19日曜日のために作曲した教会カンタータ。全5曲からなり、82番とともにバスの独唱カンタータとして重視され、多くのバスやバリトン歌手が歌ってきた曲である。
 
第1曲 アリア『われは喜びて十字架を負わん』
(Ich will den Kreuzstab gerne tragen)
ト短調のスコアは、第5線にシャープ(Kreuz)が1つ記されている。バスのメロディの先駆けとなる伴奏は、5つの上昇音でこのシャープを目指すが、到達するや力尽きてよろめきつつ下降する。バスも伴奏をトレースして、十字架を背負うために五線譜を登り、やはりスラーをともなってよろめく「溜め息のモティーフ」で下っていく。神から渡された試練として、長大な溜め息のモティーフを保持したまま、序盤の歩みを保ち続ける。その試練は神の御国へ導かれるためにあると悟る中盤は、力強い同音保持や明るい和音が各所に聞かれる。終盤は急に三連符へと変化する。そこでは悲しみから解放され、救い主自ら涙を拭う至福の時の夢が明るく歌われる。しかしその時はまだ訪れず、現世の苦難がまだ続いていることを暗示するかのように、冒頭の十字架を目指す伴奏が帰ってくる。
 
第2曲 レチタティーヴォ『わが地上のさすらいは』
(Mein Wandel auf der Welt)
61番第4曲とともに、音形モティーフの典型として例示されることの多い曲である。序盤から中盤にかけて、チェロが延々と波動オスティナートを流しており、朗誦に盛り込まれた人生の船旅と、それを妨げる荒波を表している。人生の船旅に襲い掛かる荒波の中で、神からの憐れみこそ船を守る錨であることを悟る。厳しい曲調が緩み、セッコのままながら穏やかに「われ汝と共にあり」と福音を聞く。そして入港の時を迎え、チェロの波は消え去る。神の国へ上陸し、住人として列する希望を胸に、メリスマで苦難と戦う決意を表明する。
  第3曲 アリア『遂に、遂にわが枷は』
(Endlich, endlich wird mein Joch)
天上ですべての重荷を下ろした魂が飛翔する夢を表したダ・カーポのアリア。オーボエの前奏はバスに継承されるだけではなく、中間部でも伴奏主題として曲中で絶え間なく聴かれる。音域いっぱいを跳ねるメロディに合わせ、華やかなメリスマが全体に施されている。中間部ではメリスマを抑制し、魂の自由を祈願する。それが未だ成就していないことを認識し、その到来をアリオーソで希求したのちに冒頭の反復に移る。
 
第4曲 レチタティーヴォ『わが備えは成りて』
(Ich stehe ferlig und bereit)
弦楽器をまとったアコンパニヤート。迫る臨終の時を前に、従容と救いの手を待つ心境を語っていく。末尾の2行は第1曲末尾の2行とまったく同じスタンザ。そこで第1曲のメロディを一度再現したうえで、長く低い辞世の言葉を述べてバスは眠りに就く。伴奏はそのまま流れ、余韻を持たせる。
 
第5曲 コラール『来たれ、おお死よ、眠りの兄弟よ』
(Komm, o Tod, du Schlafes Bruder)
ヨハン・フランクのコラール「汝、おお美わしき世の偉容よ」第6節で、死を迎え入れる心境を促す。原曲とはリズムパターンを変更し、入声はシンコペーションになっている。そのため、スタンザの前半は重厚に、後半は軽快に音が流れている。死を恐れる対象ではなく、神の国へ迎え入れる使者として歓迎する趣旨のコラールを、参列者の視点に敷衍して曲を閉じる。

Wikipedia

inserted by FC2 system