木管楽器: フルート Flute

フルートは木管楽器の一種で、リードを使わないエアリード(無簧)式の横笛である。

[Yamaha YFL471 Flute]


各言語での名称 (略記号 Fl.)

概要

今日一般にフルートというと、銀色または金色の金属製の筒に複雑なキー装置を備えた横笛、つまりコンサート・フルートを指すが、古くは広く笛一般を指していた。特にJ.S.バッハなどバロック音楽の時代にあっては、単にフルートというと、現在一般にリコーダーと呼ばれる縦笛を指し、現在のフルートの直接の前身楽器である横笛は、「トラヴェルソ(横向きの)」という修飾語を付けて「フラウト・トラヴェルソ」と呼ばれていた。しかし、表現力に劣る縦笛は次第に廃れてしまい、フルートといえば横笛を指すようになったのである。かつてはもっぱら木で作られていたにもかかわらず、現在は金属製が主流となっているが、フルートは唇の振動を用いないエアリード式の楽器なので、金属でできていても木管楽器に分類される。

現代のフルート(モダン・フルート)は、バス・フルートなどの同属楽器と区別する場合、グランド・フルートまたはコンサート・フルートとも呼ばれ、通常C管である。19世紀半ばに、ドイツ人フルート奏者で楽器製作者でもあったテオバルト・ベームにより音響学の理論に基づいて大幅に改良され、正確な半音階と大きな音量、精密な貴金属の管体、優美な外観を持つに至った。このドイツ生まれのフルートは、最初にフランスでその優秀性が認められ[5]、ついには旧式のフルートを世界から駆逐してしまった。今日単にフルートと言った場合は、例外なく「ベーム式フルート」のことである。

フルートはキーを右側にして構え、下顎と左手の人さし指の付け根、右手の親指で支える(三点支持)。両肩を結ぶ線と平行に持つのではなく、右手を左手より下方、前方に伸ばす。奏者は正面ではなくやや左を向き、右に首をかしげて唇を歌口に当てる。

発音にリードを用いないため、ほかの管楽器よりもタンギングの柔軟性は高い。運動性能も管楽器の中では最も高く、かなり急速な楽句を奏することも可能である。音量は小さい方であるが、高音域は倍音が少なく明瞭で澄んだ音なので、オーケストラの中にあっても埋もれることなく聞こえてくる。フルートの音色は鳥の鳴き声を想起させることから、楽曲中で鳥の模倣としても用いられる。有名でわかりやすい例として、サン=サーンスの組曲『動物の謝肉祭』の「大きな鳥籠」、プロコフィエフの交響的物語『ピーターと狼』などが挙げられる。

主にクラシック音楽の分野で用いられるが、ジャズやロックなど、他の音楽ジャンルで使用されることもある。しかし、ジャズ専門のフルート奏者は少なく、サクソフォーンなどのプレイヤーが持ち替えるか、クラシックとジャズの両方で活動するというケースが多い。

歴史

古代~ルネサンス時代

フルートを広義にとらえて、「リードを用いず、管などの空洞に向かって息を吹き付けて発音する楽器」とするならば、最も古いものとしては、およそ4万年前のネアンデルタール人のものと推定されるアナグマ類の足の骨で作られた「笛」がスロヴェニアの洞窟で発見されている。また、ほぼ同じ頃現生人類によって作られたと推定される、ハゲワシの骨でできた5つの指穴のある笛が、ドイツの洞窟で発見されている。それほど古いものでなくとも数千年前の骨で作られた笛は各地から出土しており、博物館などに収められている。しかし、世界各地で用いられていた原始的な笛は、ギリシャ神話の牧神パンが吹いたとされるパンフルートのような葦などで作られた縦笛か、オカリナのような形状の石笛(いわぶえ)や土笛がほとんどであった。

それでは、現在我々が使用しているフルートにつながる横向きに構える方式の笛が、いつどこで最初に用いられたのかというと、これも確かなことはわかっていないが、一説には紀元前9世紀あるいはそれ以前の中央アジアに発祥したといわれており、これがシルクロードを経て中国やインドに伝わり、さらに日本やヨーロッパにも伝えられていったと考えられている。奈良・正倉院の宝物の中に蛇紋岩製の横笛があり、東大寺大仏殿の正面に立つ国宝の八角灯籠には横笛を吹く音声菩薩(おんじょうぼさつ)の像があることなどから、奈良時代までに日本にも伝わっていたことは明らかである。

西洋では、現在リコーダーと呼ばれている縦笛が古くから知られており、当初はこちらが「フルート」と呼ばれていた。13世紀になるとフランスに、「フラウスト・トラヴェルセーヌ(フランス語: flauste traversaine;「横向きのフルート」の意)」といった名称が散見されるようになる[8]が、ルネサンス期に入ってもなお、ヨーロッパでは横笛はあまり一般的な楽器ではなく、軍楽隊や旅芸人などが演奏するだけのものであった。しかし、16世紀に入る頃から、市民の間で行われるコンソートと呼ばれる合奏の中で、横笛も次第に使われるようになった。左図はオーストリアのローラウ城ハラッハ伯爵家所蔵の『喜びを与えん』と題する絵画で、横笛とリュート、歌唱によるブロークン・コンソートの様子が描かれている。この絵の横笛はテナーであるが、他にもソプラノ、バスといった種類があり、これらによるホール・コンソートも行われていた。現在では、このような横笛を「ルネサンス・フルート」と呼んでおり、古楽器として今も復元楽器が製作されている。

当時のものがわずかな数ながらイタリアのヴェローナなどに残っているが、木製の管で内面は円筒形、外面は歌口側がやや太い円錐形である。分割できないものが多いが、2分割構造のものもある。テナーの横笛の最低音はD4で、D-dur(ニ長調)の音階が出せるように作られており、いわゆるD管である。トーンホールが6つ開いているだけのシンプルな構造なので、キーを必ず右側にして構えるモダン・フルートとは異なり、左側に構えることもできる。軽快によく鳴るが、音域によって音量や音色がかなり変化する。

バロック時代

17世紀初頭から始まったバロック時代、ルネサンス・フルートはピッチの調節ができない上、半音を出すのが苦手で、低音と高音の音色の違いが大きいといった欠点があったため、次第に顧みられなくなった。17世紀は横笛にとって雌伏の時代であり、新たな工夫が加えられた横笛が改めて人気を博するのは、18世紀も間近となってからのことである。

この時代も、単に「フルート」といえば縦笛(リコーダー)のことであり、現在のフルートの原型となった横笛は「フラウト・トラヴェルソ(イタリア語: flauto traverso;同じく「横向きのフルート」の意)」と呼ばれていた。省略して単に「トラヴェルソ」ともいい、現在では「バロック・フルート」と呼ぶことも多い。典型的なバロック・フルートの多くは、テナーのルネサンス・フルートと同様に木製のD管であるが、次のような点が異なっている。

古典派~ロマン派初期

18世紀半ばから19世紀前半にあたる古典派の時代になると、より多くの調に対応できるよう、不安定な半音を改善するために新たなトーンホールを設けて、これを開閉するキーメカニズムを付け加えたり、高音域が出しやすいよう管内径を細くするといった改変が行われた。キーメカニズムを用いて、D管のままではあるが最低音がC4まで出せるフルートも作られるようになった。これらの楽器もフラウト・トラヴェルソに含まれるが、バロック時代の「バロック・フルート」と区別して、「クラシカル・フルート」「ロマンチック・フルート」と呼ぶこともある。この時代になると、表現力に劣る縦笛(リコーダー)は廃れてしまい、フルートといえば横笛を指すようになった。

ベーム式フルートの登場

1820年ごろから活躍していたイギリス人フルート奏者 C. ニコルソン(Charles Nicholson 1795年 - 1837年)は、その手の大きさと卓越した技術によって通常よりも大きなトーンホールの楽器を演奏していた。ドイツ人フルート奏者で製作者でもあったテオバルト・ベームは、1831年にロンドンでニコルソンの演奏を聴いてその音量の大きさに衝撃を受け、自身の楽器の本格的な改良に着手した。

今日の最も一般的な C足部管付きベーム式フルートにはトーンホールが16個あり、キーは数え方によるが、指が直接触れるものだけを数えると15個である。これらが右手親指を除く9本の指で操作できるようになっている。キーメカニズムの関係でベーム式フルートにも鳴りにくい音はあるが、ほとんどの音は良い音程で確実に鳴る。

ベーム式フルートは、最初にフランスでその優秀性が認められ、次いでイギリスでも使われるようになったが、発祥の地であるドイツでは20世紀に入るまで受け入れられなかった。旧来のフルートとは運指が異なることに加えて、この頃のドイツ音楽界に大きな影響力を持っていたワーグナーがベーム式フルートの音色を嫌ったことも、ドイツでの普及を妨げた大きな要因といわれている。

ロマン派中期以降

ベームが1847年に発表したフルートは、現在のカバードキー型のフルートとほとんど変わらないものの、Gisオープン式であって、外観も少々武骨な印象である。しかし、フランスの楽器製作者であるヴァンサン・イポリト・ゴッドフロワやルイ・ロットらの手によって、前記の円錐ベーム式フルートとは異なる新しい構造のリングキーを採用した、いわゆるフレンチスタイルのフルートが生み出されると共に、より運指が容易なGisクローズ式に変更され、意匠面も細部にわたって改良が施された。こうしてモダン・フルートは、今日見るような洗練された優美な姿となったのである。

1860年にパリ音楽院教授となったルイ・ドリュによって学院の公式楽器に認定[5]されると、アンリー・アルテ(アルテスとも)、ポール・タファネル、フィリップ・ゴーベール、マルセル・モイーズらフルート科教授によってその奏法の発展と確立がなされ、ドビュッシー、フォーレをはじめとする作曲家たちが多くの楽曲を書いた。それまでは装飾的・限定的に使われていたビブラートも積極的に採り入れた演奏様式を確立してフランス楽派と呼ばれ、フランスは一躍フルート先進国となったのである。アルテの著した教則本は、今なお最も有名なモダン・フルートの入門書である。

材質

フルートは他の管楽器に比べ、使用する材質のバリエーションが幅広い。当然高価な貴金属製になるほど値段も高いが、音質に関する限り、管体の材質によって人間に聴き取れるほどの差異が生ずることはなく、ボール紙で作っても音は変わらないとされている[14][22]。なお、以下に述べるのは管体やキーなどの材質であり、キーメカニズムの芯金やネジ、バネなどには下記と異なる素材も使用される。フェルトやコルクなども部分的に使われている。

洋銀(洋白)

フルートの材質として最も多く用いられているのは洋銀である。古いものでは「マイユショール(フランス語: maillechort)」と表記されていることもある。洋銀製といっても、実際は部品により洋白と白銅が使い分けられており、劣化の抑制と外観の向上を目的として、銀メッキが施されているものが多い。比較的安価で加工しやすく奏した際の反応も良いが、人の汗や摩耗による劣化が早いため、一般的には何十年と愛用するには不向きであるとされている。しかし、フルート界の巨匠モイーズが終生愛用していたフルートは洋銀製であった。素材の品質が良く、十分な手入れがなされれば、洋銀製でも何ら問題なく長期間の使用に耐えられる。ただし、洋白や白銅は合金成分としてニッケルを含むため、銀メッキされていても稀に金属アレルギーを引き起こすことがあるので、特にアレルギー体質の人は、唇に直に触れる頭部管だけでも銀製の楽器を選択するなどの配慮が望ましい。

ベーム式フルートの材質として、テオバルト・ベーム自身が最も適していると結論づけたのが銀である。「薄く軽い銀の引き抜き管が、内部の空気柱と共に振動する能力に優れており、木の管より楽に輝かしく大きな音で鳴る」と著書の中で述べているが、科学的根拠が示されているわけではない。銀はいわゆる貴金属の中では最も軽く、加工が容易で、経年による劣化が少なく、木材と違って割れることもない。イオウなどと反応しやすい金属なので、長年使用すると表面に黒色の皮膜を生ずるが、性能への悪影響はなく、軽く研磨するだけで除去できる。

フルートには、5金(5K;5カラット)から24金まで幅広い純度の金が用いられている。金以外の成分の含有率によって色や比重が変化し、吹奏感も変わるが、総じて反応が良く、倍音が多いといった利点があるとされ、「金(のフルート)は遠達性が良い」「遠鳴りする」などと表現されることもある。しかし、上記の通り管体の材質によって音が変わることはないのであって、利点としては、安定した金属なので長年使用しても美しい外観を損なう事がないということに尽きる。純金に近いものほど高価になる上に、重くなるので演奏には体力が必要になる。銀製のフルートにメッキとして使用されることも多い。

白金(プラチナ)

白金は密度が高いため非常に重く、これで作られたフルートは激しい吹き込みにも耐えられるとされ、金と並んで「フォルテ側の余裕が大きい」などといわれることがある。しかし、これにも何ら科学的な根拠など存在せず、人間の吹き込む息やフルートの音圧程度なら、密度が低く軽いアルミニウム合金で十分耐えられる。白金は頭部管と本体パイプにのみ用いられ、キー等の細かいパーツの成形は技術的に難しい。極めて高価な上、24金製以上に重いので、演奏には強靭な体力が要求される。銀製フルートに白金メッキを施したモデルもある。

木ベーム式のキーメカニズムを持ち、管体のみ木製のフルートは現在も作られており、管体にはグラナディラ、黒檀などが用いられている。音量や音程、運動性などは普通の総金属製モダン・フルートと変わらないが、倍音が少なく、トラヴェルソを想起させる柔らかい音質が特徴といわれる。しかし、タンギングを含むトラヴェルソ特有の演奏テクニックが再現できるわけでもなく、あくまでも「木製のモダン・フルート」に過ぎない。良質の木材でも割れる可能性が完全には排除できないので、メンテナンスには木製トラヴェルソと同様の注意を要する。

その他

「入門用」などと称して売られている安価なフルートには、黄銅(真鍮)で作られているものもある。ニッケルメッキや銀メッキが施されていて、外観は銀色であるが、ニッケルや黄銅は金属アレルギーのリスクが高いので、注意した方がよい。金と銀の合板(クラッド材)や、ステンレス、タングステン、チタン、アルミニウム合金等、さまざまな材質によるフルートが試作・商品化されているが、いずれも特段のメリットはなく、一般に普及するには至っていない。プラスチック製のフルートも作られており、金属と違って多少の衝撃が加わっても管体が凹むことがなく、水に濡れても錆びないといった利点はあるが、歴史が浅いため性能・耐久性共に未知数である。

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