弱音器(じゃくおんき)とは、(西洋音楽の)楽器の音を弱めるために必要に応じて楽器に取り付けられる器具である。
音を弱める目的は、
1.音楽的表現としてそれが必要な場合
2.練習の音が周囲に迷惑を及ぼすのを防ぐために必要な場合
の2つがある。弱音器はミュート (mute)または変音器(へんおんき)とも呼ばれる。
ただし、ロマン派以降の楽曲においては、音強の変化よりも音色の変化を主眼とする場合が多い。
ヴァイオリン属の楽器の弱音器は、駒に取り付けられる。用途によって2つのものがある。
弱音器(ミュート、ソルディーノ)作曲者の指示により装着する。これを取り付けると駒の振動が吸収され、音が弱まり音色が和らぐ。ただし、絶対的な音量を落とすよりも音色上の要求により指定されることが多い。木製、ゴム製、金属製などがあり、形も様々であるが、音楽的にそれらの種類を使い分けることはなく、演奏者の好みや付け外しの便によって選ばれる。弱音器の装着を最初に楽譜指定したのは、リュリ(1632-1687)のオペラ「アルミード」(1686年)あるいは「アムールの勝利」(1681年)といわれている。バルトークの弦楽四重奏曲第4番第2楽章は「コン・ソルディーノ」と記され、全編にわたって弱音器付きで演奏される。独奏楽器が弱音器を装着する曲はあまりないが、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲第2楽章「カンツォネッタ」や、「ツィゴイネルワイゼン」の中間部などが有名である。消音器練習用に、楽器の響きを押さえ音量を落とすために用いる器具は消音器またはプラクティスミュートと呼ばれ、演奏に用いる弱音器とは通常別物である。金属製、または駒の上辺をおおう大きなゴム製のものなどがある。音量を落とす目的は深夜の練習の際など周辺に配慮するためが多いが、ユーディ・メニューインは消音器を付けた練習を「演奏を肌で感じ、音の性格に精神を集中させることができる」効用があると推奨していた。
金管楽器の弱音器は、管の吹き口とは逆の端の、最も太くなっている、ベル(朝顔)と呼ばれる部分に、ベルから出てくる音を塞ぐようにして、ベルの中に押し込むような形で取り付けられる。主として金属で作られる。さまざまなものが作られ、音色によって使い分けられる。
木管楽器の弱音器は、金管楽器と同じような弱音器が開発されたが、側孔があるため、音域によっては有効でなく、実用とはならなかった。特殊な場合に、布を楽器に詰めるというようなことが行われる。コルクを詰める代案も稀に行われる。例としてはストラヴィンスキーの『ペトルーシュカ』の終盤に、オーボエにミュートを指定しているところがある。
太鼓類にあっては膜の振動を抑えるために、専用の器具を乗せたり、ハンカチなどを置いたりすることがある。
ドラム(太鼓)の音は、「アタック音」「倍音」「胴鳴り」「余韻」などの要素の複合で成り立っている。必要な音を際立たせ、余分な音をカットする目的で、消音器が使われる。例えば、ポピュラー音楽のバスドラムでは、余韻をミュートする(「どどーん」という鳴り方ではなく、「どどっ」という鳴り方にする)ことが多い。マーチングバンドでは更に余韻をミュートし、ほとんど打撃音しか出ないようにミュートしている。
弱音器としては、専用の器具(リングミュート、パッドによるミュート、帯ミュートなど)を用いるほか、毛布やタオルをバスドラの胴に入れる、ハンカチやティッシュ等をガムテープでヘッドの端に止める、ガムテープ単体でヘッドに貼り付ける、などの方法がある。ミュートする位置やミュート圧によって、どの音域およびどの要素の音をミュートするか、選ぶことができる。
シンバルは、余韻の長さを変える目的でミュートされる場合がある。弱音器としては、ガムテープをシンバルの裏面に張り付ける方法を取ることが多い。なお、器具によるチューニングではなく、曲の途中でシンバルの振動を手で抑えてミュートすることを、チョーク奏法と呼ぶ。
ペダル参照。ピアノには弱音ペダルという、弱音器と同じような機能を持たせたペダルがある。グランドピアノでは、ハンマーの叩く位置を右に少しずらせることによって、たたく弦の本数を減らし(3本→2本)音を弱め、柔らかくする。アップライトピアノでは、ハンマーの待機位置を弦に近づけることによって、鍵盤からの打鍵エネルギーを伝わりにくくする。後者は全く音色に影響を与えないため、文字通りの「弱音」器ということができるであろう。このペダルはのちにFAZIOLI社がグランドピアノに組み込んでいる。
楽器の音が騒音となることを防止するため、夜間練習用などとして、音色をなるべく変えずに音を極めて弱くする弱音器が開発されている。アップライトピアノで、3本のペダルがあるものの多くは、中央のペダルがこのためのものとなっている。これは、ハンマーが直接弦を叩かないようにフェルトを挟むような構造となっているものである。このペダルはもともとフォルテピアノにあった機構を流用したものである。
イタリア語で弱音器をsordinoという。従って、イタリア語で弱音器を装着する指示はcon sordino (con sord.) 、外す指示はsenza sordino (senza sord.) と書く。状況によって、イタリア語以外の言語で書かれることも多く、英語では、弱音器をつける指示をmuteと書くか、弱音器の種類によりcup muteのように具体的なミュートの名前を書き、はずす指示をopenと書く。ドイツ語では装着する指示をmit Dampfer、外す時をohne Dampferと書く。なお、ピアノの弱音ペダルは、踏む指示がイタリア語でuna corda (1本の弦で)、離す指示がtre corde (3本の弦で) である。due corde (2本の弦で) と踏む加減を示した表示もあった。